21/4/28水戸歴史に学ぶ会講座
水戸藩の北海道開拓
- 第11代水戸藩主徳川昭武と代議士根本正
仲田昭一先生
那珂市 ふれあいセンターごだい

■1604年。
徳川家康・蛎崎慶広にエゾ地支配の黒印状。
■1635年。
松前公広らエゾ・カラフト調査・古国絵図。
■1635年。
カピタン・幕府へ世界地図・ひとつは水戸小石川邸。
■1643年。
オランダ人・千島探検。
■1644年。
幕府・領地地図・郷村名簿作成命令。
■1648年から。
シャクシャインとオニビシの戦い・松前藩和解仲裁あり。
■1669年。
エゾ反乱。
■1675年。
幕府・小笠原島探検。
■1686年。
光圀・エゾへ快風丸3回派遣・快風丸蝦夷聞書。
■1689年。
ネルチンスク条約・ロシアは黒竜江流域を締め出される。
■1697年。
ロシア人・カムチャッカへ。

■1732年。
ロシア人・樺太北端測量。
■1754年。
松前藩の千島交易場所・アッケシ他。
■1758年。
松前藩・ロシア人の千島南下を幕府へ連絡。
■1771年。
ロシア・千島へ砦を築く。
■1778年。
ロシア船・蝦夷地アッケシへ。
ロシア人・ルップへ。
■1786年。
ロシア人・エトロフへ。
最上徳内らエトロフ・ウルップ踏査。
■1787年。
フランス人・宗谷海峡発見。
■1789年。
クナシリのアイヌ反乱。
アメリカ捕鯨船団太平洋へ進出。
■1791年。
ラクスマン根室へ。
■1793年。
木村謙次ら蝦夷地探検。
■1794年。
ロシア人58人・ウルップへ植民団・1804年までに退去。
■1797年。
藤田幽谷・丁巳封事にロシア南下警戒・藩政改革。
■1798年。
鯉淵幸蔵・松前派遣・交易促進。
近藤重蔵ら千島諸島へ・大日本恵登呂府の標柱。
■1799年。
幕府・東蝦夷を直轄地・漁法指導他。

■1800年。
伊能忠敬・蝦夷測量。
■1801年。
幕府・松平忠明ら蝦夷地巡視。
富山元十郎・ウルップへ天長地久日本属島の標柱。
■1804年。
ロシア・レザノフ長崎来航・通商要求・貿易開始に武力行使の決意。
■1806年。
函館奉行は南部・津軽・仙台へ警備出動命令。
■1807年。 
幕府・全蝦夷地直轄・近藤重蔵西蝦夷探検
水戸藩・秋葉友衛門らを蝦夷派遣。
鹿島に異国船。
■1808年。
間宮林蔵・東蝦夷・松田伝十郎・西蝦夷の樺太探検。
松田伝十郎・ラッカ到着・樺太は離島・木柱立てる。)
■1809年。
間宮林蔵単独探検・ノテト→ナニオ・海峡発見・樺太島確認。
■1810年。
間宮林蔵・東紀行・北蝦夷図説。
■1811年。 
ゴローニンをクナシリで拿捕・高田屋嘉兵衛クナシリで拿捕・翌年両者交換。
■1812年。
ナポレオンのロシア遠征。
■1816年。
イギリス船・琉球に貿易要求。
■1818年。
アメリカ捕鯨船団・北太平洋へ。
イギリス・浦賀入港・貿易要求。
■1820年。
アメリカ・イギリス捕鯨船団・日本近海で捕鯨。
■1821年。
幕府・樺太を松前藩に還付。
■1822年。
イギリス捕鯨団・浦賀入港・水要求。

■1823年。
那珂湊に異国船。
那珂湊・大洗など漁船員が異国船より酒・菓子などをもらう。
■1824年。
那珂湊・平磯へ異国船。
大津浜事件・イギリス捕鯨船員12人上陸。
■1826年
幕府・異国船打払令。
■1830年。
シーボルト事件。
■1832年。
吉成信貞・海防上書・開国論。
■1834年。
斉昭・幕府に蝦夷地拝領願。
■1836年。
那珂湊に砲台築く・山野辺・助川へ土着。
■1837年。
アメリカ・モリソン号事件。
■1838年。
大内清衛門を蝦夷地へ派遣。
斉昭・幕府へ大船建造解禁願い。
■1839年。
蛮社の獄。
斉昭・北方未来考。
■1840年。
アヘン戦争。
■1841年。
オランダ開国を勧告。
■1842年。
フランス・琉球へ来航・通商要求。
オランダ使節・国書提出し開国勧告。
■1846年。
江川太郎左衛門・伊豆七島巡検・海防意見提出。
イギリス・フランス軍艦・琉球来航。
アメリカ捕鯨船員7名・エトロフ漂着。
アメリカ東インド艦隊・浦賀へ来航・通商要求。
フランス艦隊・長崎来航・薪水給与漂流民保護要求。
幕府・外国船来航状況を朝廷に伝える。
■1847年。 
幕府・相模・房総警備。
薩摩藩・琉球へ外国貿易開始を内諾。
■1848年。
アメリカ捕鯨船団・西蝦夷漂着。
■1849年。
イギリス軍艦・江戸湾測量・下田入港。
幕府・松前藩・福江藩に新城築城許可。

■1850年。
オランダ風説書。
アメリカ・日本と貿易開始意志を伝える。
天皇・七寺七社に外患除去祈願。
韮山反射炉建設。
■1851年。
中浜万次郎・アメリカ船で琉球へ。
■1852年。
武蔵大森海岸へ大砲演習場設置。
■1853年。 
6月。ペリー来航・帰途琉球を威嚇・貯炭所建設権利獲得。
7月。斉昭・海防参与。
ロシア極東艦隊プチャーチン長崎へ。
斉昭・軍艦雛型・日立丸を幕府献上。
8月。幕府・鈴木半兵衛に大船建造内命。
9月。大船建造解禁。
ヴォストーク号・クシュンコタンへ陸戦隊73名上陸。
ムラビョフ駐屯所・城塞構築。
10月。斉昭・幕府へ大砲74門献上。
11月。水戸藩へ大船建造命令。
12月。プチャーチン再来・国境・樺太協議。
ロシア・ズウエに植民地政庁開設。
■1854年。 
1月。ペリー再来。
3月。日米和親条約締結。
幕府・蝦夷地直轄。
プチャーチン再々来。
6月。斉昭函館上地案・有志の士を樺太移住献。
ロシア・ムラビョフ駐屯所より撤退。
7月。日章旗を日本国総船印に制定。
イギリス東インドシナ艦隊長崎入港・日英和親条約。
11月。下田津波でプチャーチンのディアナ号沈没。
12月。日露和親条約。

■1855年。
2月。北方領土の日。
蝦夷地上知・仙台・秋田・津軽・南部・松前に警備命令。
4月。異国船渡来・平磯村 14名黒船上船見物。
5月。幕府・クシュンコタンのロシア陣営焼く。
日蘭和親条約。
■1856年。
斉昭・幕政参与。
8月。ハリス下田着任。
斉昭・渡米の意志・出交易論。
10月。ロシア・ポシェット下田着任。
ロシア・樺太で採炭・流刑地として囚人採掘・日本抗議。
■1857年。 
斉昭・海防参与辞任。
幕府・朝廷にアメリカとの条約締結を報告。
6月。ロシア・ナヨロへ上陸・幕府抗議。
■1858年。
朝廷・条約調印に反対。
水戸藩・石狩役所設置。
6月。日米修交通商条約調印。
将軍慶福を決定。
7月。斉昭・慶恕・慶永ら謹慎。
蘭・露 英と条約。
8月。朝廷より水戸へ条約調印に不満の勅諚。
露・清のアイグン条約・ロシア黒竜江左岸入手。
■1859年。
5月。英駐日総領事着任。
8月。斉昭永蟄居・慶篤差控・慶喜隠居謹慎。
アメリカ・油田発見・捕鯨業後退。
ロシア・全樺太領有要求で品川来航・幕府拒否。
■1860年。
1月。木村喜毅ら咸臨丸で渡米。
3月。桜田門外の変。
10月。北京条約・ロシア沿海州領有。
■1861年。 
2月。ロシア軍艦・対馬占領図る・英船が退去要求・8月退去。

■1862年。
露都ペテルブルグ会談・竹内下野守ら37名。
7月。慶喜将軍後見職。
9月。朝廷・攘夷決定。
11月。幕府・攘夷勅旨に従う決定。
12月。慶喜・江戸出発。
■1863年。
2月。慶篤ら1000余人江戸発足・藤田小四郎・田中源蔵も随行。
3月。慶篤・京都本圀寺へ。
慶篤・将軍と共に宮中参内。
慶篤・孝明天皇の賀茂社攘夷祈願に将軍と共に供奉。
昭訓・禁裏守衛として上京・本圀寺駐屯。
慶篤・将軍目代として天皇より関東守備の命令。
4月。孝明天皇・石清水八幡へ攘夷祈願・昭訓随従。
5月。長州藩・下関で米・仏・蘭艦を砲撃。
7月。薩摩藩・英艦隊と砲撃戦。
9月。幕府・米国へ横浜鎖港を提議。
11月。昭訓死去。
■1864年。
2月。将軍家茂・横浜鎖港を奏上。
3月。慶喜・朝廷より禁裏御守衛総督摂海防禦指揮の命。
3月。藤田小四郎ら筑波山で挙兵。
7月。禁門の変。
8月。英仏米蘭艦隊下関攻撃開始。
11月。昭武・民部大輔叙任。
昭武・出馬・武田耕雲斎ら筑波勢に出会えず・筑波勢は越前へ。
12月。筑波勢・加賀藩に降伏。
■1865年
1月。筑波勢・田沼意尊に引き渡され・処刑残虐を極める。

■1866年。
3月。仏国公使着任・仏国との軍事・経済他で提携。
幕府・市川又吉ら6名露国派遣。
6月。フランスよりパリ万博への参加要請。
7月。将軍家茂薨去・慶喜・徳川宗家継嗣。
10月。朝廷・条約調印を勅許。
10月。幕府・歩兵頭並川路太郎ら14名を英国へ派遣。
11月。慶喜・昭武のフランス派遣を伝達。
12月。慶喜・将軍に就任。
孝明天皇崩御。
■1867年。
1月。昭武・パリ万博・留学へ横浜出発。
香港 -サイゴン-シンガポール-セイロン-スエズ-スフィンクス-
2月マルセーユ
3月 パリ・ナポレオン3世に謁見
8月。パリ-スイス-プロシャ-オランダ-ベルギー-イタリア-イギリス-
11月パリ帰着。
■1868年。
11月。昭武・水戸藩11代藩主就任。
箱舘の賊徒追討の命令。
■1869年。
3月。版籍奉還奏請。
4月。水戸藩200名江差上陸。
5月。新政府・各藩に蝦夷地開拓を諮問。
6月。昭武・水戸藩知事。
堀基・樺太島民の飢餓救済を黒田清隆に懇請。
8月。昭武・蝦夷の相応の地の分割希望請願。
許可・天塩国他・岩間金平ら派遣。
政府・蝦夷地を北海道と改称・11ヵ国分け国名郡名を定める。
?11月。昭武・明治天皇に拝謁・海外状況を説明。
■1870年。 
2月。政府・樺太開拓使設置。
3月。昭武・北海道へ徒歩で出発・46名。
4月高萩-仙台-盛岡-青森-下北半島大間-田那部-尻沢辺-箱舘-長万部-
小樽-石狩-留萌6月。天塩国苫前着・389里・73日。
長谷川充迪述・天塩国は北極。遠場所・運輸便悪く・寒く・漁業・
耕作は5月より9月まで。開拓をしても穀物が出来ない。
8月。黒田・樺太で露国と会談・日露両国民の協業和睦を約す。
黒田は樺太より北海道開拓を重視。

■1871年。
7月。廃藩置県。
昭武・藩知事免・東京府向島小梅邸へ。
8月。水戸藩・北海道開墾地を開拓使へ返上。
■1872年。
ロシア代理公使と副島種臣会談。
■1873年。
3月。副島種臣清国特派大使。
5月。黒田清隆・樺太放棄建議。
6月。堀基・黒田へ樺太出兵建言。
■1874年.
昭武・陸軍少尉・陸軍戸山学校で教える。
■1875年。
昭武・中院瑛子と結婚。
4月。明治天皇小梅邸に行幸。
御製・花ぐはし 桜もあれど 此やどの 世々のこゝろを 我はとひけり
5月。樺太・千島交換条約・南樺太権利失う・樺太在アイヌ人は北海道へ移住。
■1876年。
2月。昭武・米国建国100年記念万国博覧会御用掛として渡米。
12月。昭武・訪仏留学 。
■1877年。
3月。西南戦争。
■1880年。
昭武・留学先を退学・旅行。
ドイツ-オーストリア-スイス-イタリア- ベルギー-ロンドンへ半年滞在。
■1881年。
昭武・帰国。
12月。昭武・京都御所内麝香間祗侯。
■1882年。
2月。昭武・慶喜へ帰国報告。
昭武・大能牧場復興。
11月。明治天皇小梅邸再度行幸。
■1883年.
2月。昭武・妻瑛子死去。
5月。昭武・隠居。
■1884年。
6月。昭武・松戸市にある戸定邸へ移る。
■1897年。
慶喜・静岡から東京巣鴨に移る。
■1898年。
水戸藩主篤敬死去・圀順が水戸徳川家を後見。

■1905年。
9月。ポーツマス条約。
■1909年。
昭武・水戸方面旅行。
■1910年。
昭武・死去・従一位・勲一等瑞宝章。
■1914年。
根本正・北海道に500町歩の土地の払い下げを受ける。
内100町歩を他へ譲り・残り375町歩の管理者を根本忍とした。
北海道開拓は斉昭の遺志貫徹と根本家祖先の恩に報いるためだった。
根本正はこの土地を根本禁酒煙農場と命名。
■1917年。
ソビエト政権成立。
■1921年。
ニコライエスク事件。
■1925年。
1月。日ソ基本条約。
■1945年。
7月。ポツダム宣言。
8月。ソ連邦・停戦協定・武装解除・豊原市へ猛空襲。
南樺太へ 侵入 25,000人
■1946年。
2月。ソ連邦最高会議幹部会・南樺太・千島列島をハバロフスク州に編入。
■1947年。
サハリン州に改編。

■水戸藩主
1ョ房2光圀3綱條4宗堯5宗翰6治保7 治紀8斉脩9斉昭10慶篤11昭武。

■斉昭の子女
37人こどもがいる・17人は幼くして亡くなっている。
■1賢姫・宇和島藩主伊達宗城と婚約中没。
■3祝姫・助川館主山野辺義正室。
■4慶篤・10代水戸藩主。
■10松姫・盛岡藩主南部利剛室。
■12昭徳・鳥取藩主慶徳。
■14昭致・慶喜。徳川宗家継嗣。
■15昭融・川越藩主松直侯。
■16昭休・岡山藩主茂政。
■18八代姫・仙台藩主伊達慶邦室。
■19昭音・浜田藩主武聡。
■21昭縄・喜連川藩主縄氏。
■24昭訓。
■26茂姫・有栖川宮熾仁親王妃。
■27余六麿・島原藩主忠和。
■28余七麿・土浦藩主挙直。
■29愛姫・高岡藩主井上正順室。
■31昭武・第11代藩主・水戸藩知事。
■32昭則・守山藩松平家相続。
■36昭都・守山藩主頼之。
■37正姫・鹿野藩主池田徳澄室。