20/12/25 那珂市本米崎 
上宮寺定例法座 真宗本願寺派。
布教 藤井智学 師 
常陸太田市 青蓮寺住職
[ ]はhp制作者メモ。
■ご讃題。
いずれの行もおよびがたき身なれば
とても地獄は一定すみかぞかし
■青蓮寺・沈石寺を
開いたひとのはなし。
■親鸞聖人の念仏とは。
[真如の世界]
こちらからいくのではなく
阿弥陀様から
こちらに迫ってくる世界。
普通の考えとは方向性が違う。
煩悩による自分の欲は満足しない。
欲におわりはない。
欲は苦しみつくっている。
[阿弥陀如来の本願は
かならず救うまかせよと
たえず私に呼びかけられている
そのよびごえをきき開き
如来の救いにまかすとき
永久に消えない灯火が
わたしのこころにともる]
[念仏は
阿弥陀如来がわたしをよび給う声であり
わたしが阿弥陀如来をよぶこえである
南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏。
念仏とは称名。
称名とは仏名を称える。
称えるのはわたし。
称えられるのが仏名。
名号は御六字。
御六字は仏さま。
名号はわたしを呼び給う
阿弥陀如来の声である。
称える私の仕事は
親さまの名を呼ぶのが私の仕事
何にも用事はないけれど
なんだか呼びたい親さまを
南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏]

■青蓮寺
■開基・證性房・畠山重秀。
畠山重忠の子。
■畠山重忠について。
重忠は源頼朝の御家人。
源平一ノ谷の合戦・
鵯越の逆落としで
重忠は馬を背負い谷をおりた。
出身地・埼玉県深谷市に
馬を背負った重忠の銅像がある。
政権が頼朝から北条氏にうつる。
北条氏は御家人が邪魔になる。
陰謀により重忠は鎌倉に呼び出される。
陰謀としりながら
重忠は120〜130騎で鎌倉に出向く。
北条氏は一万騎で待ち構える。
矢畑で重忠は討ち取られる。

■畠山重秀は比叡山に逃れる。
重秀は親兄弟一族を殺される。
比叡山で学ぶうちに
武家の正義は
ことごとくくだけた。
全てを失いどん底まで落ちた。
苦しみが多くなった。
■苦しみのなか
[父に助けをもとめ]
父の墓をめざして関東へ。
関東で親鸞聖人の念仏と
延暦寺の念仏とは
何かが違うと感じる。
親鸞聖人の話をきくため稲田に行く。
そこには
阿弥陀様が救いのために
迫ってくる世界。
他力の世界があった。
こころを奪われた重秀は
親鸞聖人の弟子となり
親鸞聖人について歩いた。
現在の青蓮寺は
天台の寺だったが無住だった。
そこに念仏の道場をつくった。

■朝ドラのエール。
作曲家が長崎の鐘をつくる話が
畠山重秀と重なる。
長崎の鐘の元になる本の著者は
「どん底まで落ちろ」・
「どん底に大地あり」という。
「どうして」と
自分の身を振り返っているうちは、
希望は持てない。
どん底まで落ちて、
大地を踏みしめ、
共に頑張れる仲間がいて、
初めて希望が生まれる。
作曲家は戦争で多くのものを失った。
すべてに絶望し閉じこもった。
しかし「どん底まで落ちろ」・
「どん底に大地あり」
ということばと
共に頑張れる仲間がいて
作曲家は立ち上がれた。

重秀は
親鸞聖人の念仏から
阿弥陀様が救いのために
迫ってくる世界をしった。
念仏により立ち上がれた。

■沈石寺
真宗大谷派。
母方のいとこの寺であり
手伝いをすることがある。
開基は道円。
山号は大門山おおかどさん。

●枕石寺は、倉田百三の
「出家とその弟子」で知られる。
第一幕にでてくる。

●親鸞聖人が教化の途中
吹雪にあい一夜の宿を求め
日野左衛門尉頼明という
武士の家の門を叩いた。
左衛門は京都日野の生まれ
御所北面の警護のまとめをしていた。
驕慢な振る舞いが仇となり、
うその告げ口をされ
常陸国大門に流罪となった。
その後流罪を許されたが、
常陸国に留まり京都には帰らなかった。
慕われる存在になっていた。

●11/27。薄汚れた格好で
親鸞聖人は二人の弟子を伴い
左衛門の家をたずねた。
親鸞聖人はも日野の生まれ。
同郷のひとに
会いたかったのかもしれない。

●左衛門はその日、
借金の取り立てに家々を回った。
返済を延ばそうとする人々に腹を立てた。
やけ酒を飲んでいた。
イライラしていた。
その酔いに乗じ、
「僧なるもの石を枕に修行するもの」
といって左衛門は宿を断った。
左衛門は親鸞聖人一行を追い返した。

●親鸞聖人は二人の弟子にいった。
「この場を去りがたし。
この人は私と似ている。
今のままでは
邪見で驕慢な人生で終わってしまう。
本願に会えば
考えが変わる」

●親鸞聖人は門の扉止めの石を
引きよせて枕にして横になった。
西風が親鸞聖人のたもとに入ってくる。
親鸞聖人は、
西風は西方浄土阿弥陀如来の風。
ありがたい風だと思った。
「寒くとも たもとに入れよ 西の風 
弥陀の国より 吹くと思えば」
とうたわれた。

●左衛門は床についた。
左衛門は観音様を信仰していた。
夢をみた。
観音様が夢枕に立った。
「おまえは大変な間違いをしている。
一夜を求めた僧は阿弥陀如来の化身だ。
尊い方である。
[いま教化を受けなければ、
永劫に苦海から逃れられない]」
と告げた。
驚いた左衛門はとび起きた。

●左衛門は門のところに行った。
親鸞聖人が石を枕に横になっていた。
左衛門は念仏をきいた。
なぜかこころが暖かくなった。
三十三番の願による。
[●(三十三) 
たとひわれ仏を得たらんに、
十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、
わが光明を蒙りてその身に触れんもの、
身心柔軟にして人・天に超過せん。
もししからずは、正覚を取らじ。
聞名得忍の願]

左衛門は、親鸞聖人に詫びた。
親鸞聖人を家の中へ招き教えを請うた。
左衛門は、親鸞聖人の温かい言葉を聞いた。

●教えを聞き感激した左衛門。
その夜のうちに弟子となる。
入西房道円と名付けられる。
後に自宅を寺とした。

■一年後、雪が降った日。
左衛門はわが身を顧みた。
1年前の11/27
親鸞聖人に出会い暖かい話をきいた。
大変感動し改心し弟子になった。
なのに、1年後の自分の生活は何だ。
だらしない生活をしている。
たった1年でこのように変わるわが身。
わが身のどうしようもない
だらしなさを恥じた。
そこで、自宅の木を切って
木を抱え親鸞聖人のところにいった。
親鸞聖人の横になっている姿を
木像として刻したい旨を
親鸞聖人に申しあげ許しを得た。
左衛門は一生懸命に刻した。
[今、木像は沈石寺にある]

■北海道から
30名ほどの団体さまが
沈石寺にこられた。
沈石寺について説明した。
沈石寺は2度目という
80数歳のおばあさんが
枕石をじっと見ながら
涙を流していた。
そして
「今わたしに届いている
親鸞さまのご苦労
南無阿弥陀仏・
南無阿弥陀仏・・・」
[念仏者の姿をみた]

■青蓮寺の開基・證性房・畠山重秀。
重秀は親兄弟を殺され
比叡山で学ぶうちに
武家の正義は
ことごとくくだけた。
全てを失いどん底まで落ちた。
苦しみが多くなる。
どん底まで落ちて
親鸞聖人の念仏に光をみつけた。
 
沈石寺の開基・道円・日野左衛門
学問・財力・地位もあったが
邪見・驕慢の世界に悩みもみあった。
親鸞聖人の念仏に光をみつけた。

ふたりは違ったタイプの開基者。

[自己中心の我にとらわれ・
ひとを気にして、優越感・劣等感により
一喜一憂する生き方。
本来、どのような努力によっても、
仏になることのできない身。
どうもがいても地獄は私の必然的な居場所。
親鸞聖人の念仏に
光をみつけた世界がある]

●自分が自分がの
世界と違う
弥陀の世界が
とどいている。

■御文章。
聖人一流の御勧化のおもむきは、
信心をもって本とせられ候ふ。
そのゆえは、
もろもろの雑行をなげすてて、
一心に弥陀に帰命すれば、
不可思議の願力として、
仏のかたり往生は治定せしめたまふ。
その位を一念発起入正定聚と釈し、
そのうえの称名念仏は、
如来わが往生を定めたまひし
御恩報尽の念仏とこころうべきなり。
あなしこ、
あなかしこ。


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