19/12/25 那珂市本米崎 上宮寺定例法座。 真宗本願寺派。
藤井智学師 常陸太田市 青蓮寺住職 [ ]はhp制作者メモ。
●如来所以興出世
唯説弥陀本願海
[釈尊がこの世間に出た目的。
釈尊は、ただこの私を救ってやりたいという
阿弥陀仏の本願が、私に差し向けられている、
その事実を私に教えようとしたためである]
●常陸太田市で10月に集中曝涼があった。
青蓮寺の阿弥陀如来がポスターの表紙になった。
NHKが取材に来た。
阿弥陀如来。
大きな耳・小さな口。
大きな耳で人の悩みをきく。
小さな口は自分のことを言いふらさない。
自分とは真逆。
小さな細い目。
金色に見えている。
そのようなことを取材のひとに話をした。
[仏様は身体から光を放つ。
常に光の中にいる。
阿弥陀如来像の光背は放射状に伸びている。
48本の線は、阿弥陀如来の四十八願をあらわしている]
●お釈迦様は
阿弥陀仏の本願が私たちに差し向けられていることを
私たちに知らせるために生れた。
●親鸞聖人はその様に受け止められ
正信偈にあらわしている。
●お釈迦さまの話。
お釈迦さまはネパールの国境近くで生まれた。
2500年前、釈迦族の王子として生まれた。
釈迦族は農耕民族だった。
米の発祥地のひとつの地域で生まれた。
●田植えをする前に田の土を起こす。
土から虫が出てくる。
その虫を鳥が食べる。
鷹がその鳥を食べる。
幼い王子は生き物は互いに食べ合うことを知る。
王子は活発に外で遊ぶよりも
家にひきこもるタイプだった。
●王子の出家。
29才のとき。
結婚していて子供もいた。
出家する。
生老病死。
四門出遊。
捨てられるように死んでいく人。
捨てられた病人。
何か違うと感じる。
当時のインドでは道徳を否定する考えもあった。
どうせ死ぬ。
自分の事だけ考える。
道徳否定論。
何か違う。
善を求めて、何が善か?
王子は善を求めて出家した。
●当時インドでは身分制度が厳しかった。
アーリア人がインドに攻めてきて
身分制度をつくる。
もともと住んでいた人は奴隷。
[紀元前1500年、アーリア人がインドに侵入。
インドを征服。
先住民は奴隷になる。
前1000年、支配者たちは身分制度を作る。
バラモン(神官)・クシャトリア(王族・武人)・
ヴァイシャ(農民・商人など)・シュードラ(奴隷)があった]
●一味平等。
[浄土にいくときは誰もが何ももっていけない]
[南無阿弥陀仏に遇わせていただく。
衆生は皆平等にわが子なりという如来のお慈悲に遇う。
親鸞聖人正像末和讃。
「善悪の文字をも知らぬ人はみな まことの心なりけるを
善悪の字知り顔は おおそらごとのかたちなり」という]
●マザーテレサ。
学生の頃インドを旅行した。
捨てられるように死んでいく人をみた。
尊厳なく死んでいく人をみた。
いいのだろうか?
深く考えさせられた。
インドを離れられなくなった。
死を待つ人の家をつくった。
お釈迦さまと同じような感覚かマザーテレサにある。
●35才になる。
修行僧として生活。
修行時の様子の像がある。
写真をみると極限までやせ細っている。
いのちをけずるような修行。
あるとき修行を見直す。
スジャータから乳粥をもらう。
菩提樹の下でさとりをひらく。
中道。
大切なことはかたよってはいけない。
厳しい修行では死んでしまう。
王宮での暮らし。
もっともっと良い生活を求める。
大切なもの。
こころの豊かな世界。
●琴のたとえ
張りすぎてはだめ。
●12縁起。
縁によって起こっている。
●お釈迦さま亡くなる前のことば。
孤独は楽しい。
自制は楽しい。
欲望を超えるのは楽しい。
慢心を制することが最上の楽しみ。
苦しみと思っていたことが楽しみ。
●親鸞聖人は高僧和讃に詠んでいる。
罪障功徳の体となる
こおりとみずのごとくにて
こおりおおきにみずおおし
さわりおおきに徳おおし
[罪・障りがあるからこそ、
功徳が得られるということを述べている]
冷たい氷も溶ければ生活になくてはならないみずになる。
●ことわざ。
若い時の苦労は買ってでもせよ
[若い時の苦労は貴重な経験となる。
自ら進んで面倒だったり大変と思われる選択をしろ]
●獅子は我が子を千尋の谷に落とす
[獅子は生まれたばかりの子を谷に落とし、
這い上がってきた子のみを育てるという。
愛情をもつ相手に試練を与え成長させること]
●さとりの世界。
●ヤサの出家。
ヤサは大富豪の息子。
宴会で飲みつかれた。
翌朝起きると醜態をさらしていた。
こんなことでいいのか。悩んだ。
朝散歩にでた。
サールナート。
お釈迦様が説法した場所。
お釈迦様をみかける。
糞掃衣ふんぞうえを着ている。
牛の糞に落ちている道路のなかから布きれをみつけ。
洗濯し布きれを縫い合わせて作った衣。袈裟。
糞掃衣を着たお釈迦さまは光輝いていた。
光顔巍巍 こうげんぎぎとしていた。
お釈迦さま「苦しいのですか」
ヤサ「はい」
我執・煩悩
お釈迦さま「私のようになりたいのですか」
ヤサ「なりたいです」
お釈迦さま「出家のみちがあるぞ」
ヤサの出家を知った両親は驚く。
お釈迦さまのところにくる。
お釈迦さま「苦しいですか」
息子のためですか
自分の為ではないですか
両親はお釈迦さまのはなしを全く正しいと思った。
両親「お釈迦さまの話を基本に生きていきたい。
使用人が多くいて出家すると多くの人が困る」
在家のままで弟子にしてもらった。
●ヤサはお釈迦さまの6人目の弟子にしてもらった。
お釈迦さまは「これで真人が7人になった」といった。
真人しんじん
真の真理をしる人。
お釈迦さまは弟子と自分を同じようにみている。
これは「親鸞は弟子一人も持たず」
といった親鸞聖人と考え方が似ている。
中村元先生は
心もちは同じといっている。
●さとりのあとが大事。
さとりのあとは実践。
さとりを知った。あとが大事。
実践の根拠は確信。
●阿那律のはなし
優れた洞察力を持つことから天眼第一といわれる。
お釈迦さまの説法中に居眠りをしてしまう。
もう眠らないと誓いをたてる。
ついに視力を失った。
その失明により天眼を得る。
●阿那律は針に穴を通し僧衣を縫おうとする。
目が見えないために針に糸が通らない。
お釈迦さまがそれをみて阿那律にいう。
「私に針に糸を通させてください。
私も功徳をつみたいのです」
●修行僧は病人を看護せよ
お釈迦さまが胃腸を患った人をみかける。
胃腸を患った人は大小便の中に臥せていた。
お釈迦さま、臥しているところをきれいにし
胃腸を患った人のからだをふいて看護した。
お釈迦さまはいう。
皆が私にしてくれるように、
病人を看護せよ。
仏教の教えは「皆同じ」
私も病人も同じ。
●前半の法話終了。
後半の法話は欠席。
お釈迦さまと阿弥陀如来の違いの
はなしがおこなわれた??
■上宮寺掲示板のことば
「ガンバッテ」という言葉に
閉じ
「ガンバッタネ(テルネ)」という言葉に
開くこころの窓
病人にガンバッテとはきつい言葉です。
だって一生けんめい頑張っているのですから。
それよりガンバッテルネとかガンバッタネとか
その人の姿を認めてやることから心が通じる
のかもしれません