19/8/5 ひたちなか市中根 正安寺法話 真宗大谷派。
阿弥陀経。世間甚難信。

舎利弗
当知我於 五濁悪世 行此難事
得阿耨多羅 三藐三菩提
為一切世間 説此難信之法
是為甚難

舎利弗
当まさに知るべし、 われ五濁悪世ごじょくあくせにして、
この難事を行じて、
阿耨多羅三藐三菩提あのくたらさんみゃくさんぼだいを得て、
一切世間のために、この難信なんしんの法を説く。
これをはなはだ難かたしとす。


仏教の言葉は理解しがたい。
自分の思うことと仏教の言葉が合わないため。
釈尊は「難信」という。
聞く人の先入観を問う。
釈尊は仏教を難しく説いていない。
「難信」は、釈尊の言葉を聞こうとしない聞く人のあり方。
聞く人は、自分のモノサシで物事を判断する。
そのモノサシは常にかわる。
そのモノサシは絶対的なものでない。
聞く人の都合でモノサシは変わる。
聞く人のモノサシが、釈尊の言葉を聞けなくしている。