19/6/2 那珂市瓜連町 水戸・歴史に学ぶ会 
水戸藩学者青山家の女性たち。
場所 常福寺幼稚園。 
齋藤郁子先生。
[常福寺]

[ ]はhp制作者メモ。
■千世の生涯。
1857年.水戸で誕生。
1872年.一家で東京へ移住。
1875年.東京女子師範学校開学。首席で入学。
1879年.東京女子師範学校卒業。
1880年.森田龍之助と結婚。
1934年.「潮音」に入社。再び和歌を詠む。
1942年.歌集「松華集」を出版。
1947年歿.90歳。
■千世のこども。
●松榮。女子英学塾卒。学校の先生。
●延敏。東京大学卒。学校の先生。
●菊榮。女子英学塾卒。女性解放のために活動。
●志都榮。成女高等女学校卒。
■菊榮の生涯。
1890年.誕生。
1901年.クラスで目黒不動尊へピクニック。
その日の出来事を自由に書く。開放感を味わう。
1908年.津田塾予科入学。
入学試験問題「抱負」に「婦人解放のために働く」と書く。
1912年.津田英学塾卒業。
1916年.社会主義運動家山川均と結婚。
結核に罹り療養生活・翻訳の内職をする。
1920年.夫均と共同で「社会主義研究」を出版。
1943年.柳田国男のすすめで「わが住む村」を出版。
1947年.夫均と日本社会党に入党。
労働省婦人少年初代局長に就任。
1950年.労働省婦人少年局長退任。
英国政府の招待で外遊フランス・イタリア・ユーゴスラビア等。
1959年.中華人民共和国の招待で中国訪問。国慶節式典に参列。
1972年.「おんな二代の記」を出版。
1974年.「覚書 幕末の水戸藩」で大佛次郎賞受賞。
1980年歿。89歳。
●山川菊榮著「おんな二代の記」
「女は文盲なるをよしとす。・・・和順なるをよしとす」(松平定信)
といわれて家庭の奴隷として奉仕することしか教えられなかった娘たちが、
明治の幕開きと同時に、
若い心にどんなに知識にうえて、
まだ女には開かれない学問の戸をたたいて歩いたか、
わずか得た知識をどんなに強い感激と感情とをもって吸収したかを、
当然のこととして小学校から大学まで共学でいける若い方たちは
どうごらんになるのでしょうか。・・・・。
[常福寺二十六夜尊堂]

●水戸藩学者青山家〜山川菊榮。
菊榮の母が千世。千世の父が延壽。延壽の父が延于。延于の父が延彝。
[青山家はもとは佐竹氏家臣]

●青山延彝あおやまのぶつね。
彰考館員。
同情心が強かった。窮民や農夫に金品を施した。
そのために晩年は貧しくなった。
貸した金の返済を求めることは無かった。
●青山延于あおやま のぶゆき。
立原翠軒たちはらすいけんに師事。彰考館総裁。
●青山延光あおやまのぶみつ。
彰考館で「東藩文献誌」を編集。
1869年大学中博士として明治新政府に召し出される。
●中京大学を中核とする学校法人梅村学園。学祖は梅村清光。
梅村清光は水戸生まれ。
水戸藩校・弘道館の建学の精神の一つ文武不岐ぶんぶふきを受け継ぎ、
真剣味しんけんみを校訓にする。
梅村清光の奥さんは青山延光の娘。
●青山延壽あおやまのぶとし。
弘道館教授頭取代理および彰考館権総裁。