18/11/25 那珂市本米崎 上宮寺報恩講 真宗本願寺派。
安心 信心 南無阿弥陀仏 阿弥陀仏
誰の文章?
●さがんをたずければ
西原祐治師 
千葉県柏市西方寺住職
●1173年。親鸞聖人が生れた。
1222年.日蓮聖人は貧しい漁師の家で誕生した。
瞬間に起こった三奇瑞かある。
突如庭先から清水が湧きでた。
海上には蓮華が咲き乱れた。
海中では鯛が群れ集まった。
親鸞聖人は生まれた時、なにもなかった。
1263年.親鸞聖人は6字の御名を残して往生された。
●あたりまえのことはわからない。
●物が豊かになると人のせいにする。
まずしいと自分のせいにする。
●あたりまえは見えにくい。
●私は凡夫であることも見えにくい。
●自分中心
●自分の物の見方を変えた時自分を知る

●大きなお寺の住職。
いつも自転車でやってくる。
「格好が悪いので、
大きな車で移動してください」
と門徒のひとにお願いされた。
何度もいわれた。
住職さんは、
クラウンにのって移動することになった。
そうしたら行くたびに駐車場が大変となった。
門徒の人が
「すみません」とあやまることが度々おきた。
住職さんは、軽自動車にした。
住職さんのいつくしみ。

●三重県に全国愛農会がある。
15日間の研修に
岐阜県のたかこさんが参加した。
研修の終わりの日。
たかこさんは先生にいった。
「3時間先生の部屋にいさせてほしい」
「どうして?」
「継母をおかあさんと呼べなくて悩んでいる。
帰ったらおかあさんと呼びたい。
今帰ると明るい時間についてしまう。
3時間遅れて暗くなるころに家につきたい。
暗いところだったらおかあさんとよびやすい」
先生は了解した。
たかこさんは3時間遅れて駅に着いた。
「たかこさん おかえり」
継母の声だった。
駅に迎えに来てくれていた。
3時間も駅で待っていてくれた。
すまないことをした。
たかこさんはこころでわびた。
継母といっしょに田んぼの道を一列で歩いた。
後ろからおかあさんごめんなさいと声をだした。
継母はないた。
うれしかったのだ。
家に着いた。
継母は、仏壇の前にいき、
亡き母に報告した。
「おかあさんありがとうございました。
たかこさんがおかあさんと呼んでくれました」
亡き母の努力に感謝した。
阿弥陀仏のはからいがあった。
南無阿弥陀仏。

●X JAPAN・hideさん追悼ノート。
1998年。
築地本願寺は、50,000人の若者の悲鳴・慟哭があった。
X JAPANのhideさんの葬儀だった。
多くの若者の悲鳴に接した。
2010年。
13回忌法要で築地本願寺本堂を開放。 
ファン35,000人が弔問。
多くの人が遺影に思いを語った。
追悼ノートを本堂に置いた。
若者が書き込んでいる。
お久しぶり・また来たよ・初めてここに来た
とある。
自分の近況がつづられている。
追悼ノートはだれでもが読み書きできる。
若者の思いが書かれている。

■そのほか
がん治療の話
地球の歴史
など
多岐にわたる話があった。