18/9/9 東海村 望郷の鐘。
山本慈昭 望郷の鐘 満蒙開拓団の落日。
山田火砂子監督作品。映画をみた。
●国家が総力を挙げて作り上げる大きな嘘は、
いつの時代でも見破ることは容易ではない。
●国家に尽くした満州に行った人は、
勝手に中国に入っていった。
中国に対して加害者だった。
そして戦争の被害者であった。
●山田監督の舞台あいさつ。
望郷の鐘は、泣きながら作った。
長野県阿智村満蒙開拓記念館に行ったとき、
村から依頼されてつくった。
ソ連が進行してきたとき、
守ってくれるべき関東軍はいち早く撤退。
武力の無い開拓団のひとは相当数亡くなった。
関東軍・お金のある人は撤退、
貧しい人は死んでくださいということだった。
首をしめて自決した人もいる。
女性は、ロシア兵に犯された。
生き残った人は全部堕胎させられた。
○13歳の時、8/4東京大空襲にあった。
本当の戦争の怖さを体験した。
●満州には死にいったようなものだ。
国家に尽くした満州に行った人は、
勝手に中国に入っていった。
中国に対して加害者だった。
そして戦争の被害者であった。
中国は日本に賠償金を要求しなかった。
中国人のやさしさを感じる。
中国人はたくさんの日本の子供を助けてくれた。
●あらすじ。
戦争の終る3か月前。
村人とともに山本慈昭住職は、
満蒙開拓団として満州にいく。
学校の先生が仕事。
20町歩の地主・肥沃な土地。
政府のふれこみに満州に多くの人が渡った。
実際は中国人が開墾していた土地を奪う侵略だった。
終戦になるとソ連軍が侵攻。
開拓団を守ってくれるはずの関東軍は先に逃げた。
関東軍はソ連軍の侵攻を恐れ
橋を破壊して逃げた。
開拓団の避難は困難を極めた。
自決する人も多かった。
山本住職はシベリアに抑留される。
妻と娘とは生き別れる。
シベリア抑留後に日本に戻る。
妻は満州で亡くなる。
山本住職は帰国後、満州死没者名簿を作成。
その後中国残留孤児の肉親捜しの活動をおこなう。
●感想。
心に残った。よい映画だった。
水戸内原に満蒙開拓青少年義勇軍のための内原訓練所がある。
全国から選抜された若者が学び満州に渡った。
国策における満蒙開拓青少年義勇軍。
彼らは「兵士予備軍」であり、
農業実習とともに軍事教練を受けた。
軍事的観点から主にソ連国境に近い満州北部に入植した。
満州における史実の多くは語られていない。
シベリア抑留についても多くは語られていない。
この映画は、よかった。
戦争をやってはいけない。
勝った人も負けた人も皆不幸になる。
自分の欲のための戦争、愚かなことだ。