17/8/6 筑西市 太平洋戦争を記録する講演会・展示会。
筑西市アルテリオ。
戦後72年。
戦争や原爆の被害を再び被らないために。
筑西市にある戦争遺跡・戦争体験の話があった。
下館に飛行場があり爆撃された。
勤労動員の下館高女生徒2名が犠牲になった。
沖縄へ十死0生特攻隊が出撃した。
日本軍機が筑西市内に墜落し、搭乗員は即死。

筑西ちびっこ音楽隊の合唱。
開会宣言・挨拶
体験者の講演
■終戦時、北支那野戦貨物廠太原支廠に勤務、主計大尉のはなし。
玉音放送を聞いたときは、
頭の中が真っ白になった。立っていられなかった。
拳銃に弾をこめ自決しようとしたが、できなかった。
接収軍の指示にしたがうことになった。
接収軍は紳士的だった。
不安があった。貨物廠に配属前、半年間、ある部隊の連隊付だった。
この連隊は、半年間戦闘続きだった。
戦闘になるとすべての兵が明日をも知れぬ身。
集団狂気となる。皆が狂った状態になる。
強盗・略奪・暴行、あらゆる悪行をかさねた。
中国の人に多くの苦しみをあたえた。
戦争が終わり、その報復を恐れた。
中国の人は報復しなかった。
寛大なこころで接してくれた。
儒教の教えが、蒋介石総裁はじめ将兵の心にあったからだ。
帰国後、儒教の勉強をした。
「直きを以て怨みに報ゆ」という文章に感動した。
その後、孟子・大学・中庸を学び、6冊の本を出版した。
■沖縄へ十死0生特攻隊が出撃した。
出撃前に旅館で特攻隊の方が書き残した色紙。
多くの優秀な方が散華した。合掌。

講演会はこのあとも続いた。
戦争体験をされた方が、高年齢になっている。
講演会当日に、体調がわるく講演できない場合も多くなっている。
これから、どのような形で戦争体験の話はなされるのか。
「戦争は勝っても負けてもよいことは何もない」
「悲惨である」
「戦争の時、人間は狂ってしまう」
「戦争はやってはいけない」。
体験された方のことばが、心におもく残る。