11/5/6 那珂市瓜連 瓜連城
1336年頃、南北朝騒乱があった。
楠正成の一族、楠正家は、
瓜連城を拠点に、北方方の佐竹氏と戦った。
利なく敗れ、瓜連城は廃城となった。
現在、常福寺のあるところが本丸跡。
土塁と堀がある。
寺の裏側は、急な20mくらいの崖となっている。
城の規模は、東西南北それぞれ700m。











源太郎稲荷





源太郎稲荷には、「4匹の狐」のはなしがある。
むかし、4匹の兄弟狐がいた。
1番目は、源太郎狐。
2番目は、甚二郎狐。
3番目は、紋三郎狐。
4番目は、四郎介狐。
兄弟ではない、ほかの狐が人をだましたり、
畑を荒したり、いたずらをして人々を困らせていた。
4匹の兄弟狐は、罪滅ぼしに、兄弟力を合わせ、
神通力により、人間に協力することにした。
源太郎狐は、
「長男だから、本家のこの里を守る。川を守る役に付く。」
甚二郎狐は、「野を守る。」 
紋三郎狐は、「山を守る。」 
四郎介狐は、「東の海を守る。」
4匹の狐は,川・野・山・海を昼も夜もかけめぐり、
人々のために活躍した。
源太郎狐は、川の魚などをふやした。
甚二郎狐は,田や畑を開き五穀を豊かに実らせた。
紋三郎狐は、土・砂・石のあるところを示した。
四郎介狐は、海の魚の居場所を知らせたり、人の命を守った。
兄弟狐により、人々の生活は、暮らしやすくなった。
人々は、4匹の狐を尊敬するようになった。
各地に城が建てられると、4匹の狐は、
城の守り神として祭られた。
源太郎狐は「瓜連城」 
甚二郎狐は「米崎城」 
紋三郎狐は「笠間城」 
四郎介狐は「湊城」の守り神となり、
稲荷神社に祭られた。
・・・というはなし。
(那珂市商工会ホームページによる。)