1995/11 白虎隊
佐原盛純 びゃっこたい  さわら もりずみ 

少年団結白虎隊 しょうねん だんけつす びゃっこのたい
国歩艱難戍堡塞 こくふ かんなん ほうさいをまもる
大軍突如風雨来 たいぐん とつじょとして ふうう きたる
殺気惨憺白日晦 さっき さんたん はくじつ くらし
 鼓喧 震百雷 へいこ けんてん ひゃくらい ふるう
巨砲連発僵屍堆 きょほう れんぱつ きょうし うずたかし
殊死衝陣怒髪竪 しゅし じんをついて どはつ たつ
縦横奮撃一面開 じゅうおう ふんげき いちめんひらく
時不利兮戦且卻 ときに りあらず たたかい かつ しりぞく
身裏創痍口含薬 みには そういをつつみ くちにくすりをふくむ
腹背皆敵将安之 ふくはいは みなてきなり はた いずくにかゆかん
杖剣間行擧丘愕 けんをつえついて かんこう きゅうがくをよず
南望鶴城烟   みなみ つるがじょうを のぞめば えんえん あがる
痛哭呑涙且彷徨 つうこく なみだをのんで かつ さまよう
社稷亡矣可以巳 しゃしょく ほろびぬ もってやむべしと
十有九士屠腹死 じゅうゆうきゅうし はらをほふって しす
俯仰此事十七年 ふぎょうすれぱ このこと じゅうななとせ
畫之文之世稍伝 これをえにし これをふみにして よ ようやく つとう
忠烈赫赫如前日 ちゅうれつは かっかくとして ぜんじつのごとし
圧倒田横麾下賢 
あっとうす でんおう きかの けん

会津高校生による飯盛山白虎隊墓前での
剣舞奉納

白虎隊戦闘の図。

白虎隊の詩。 
会津藩の少年は、白虎隊を編成していた。
会津藩が非常に困難な状態となった。
攻めてくる敵から砦を守ることになった。
突然、敵の大軍が押し寄せてきた。

殺気が満ちた状態となった。
戦場は、昼間から暗い。

太鼓が打ち鳴らされる。
その響きは、多くの雷が同時になっているように聞こえる。

大砲は連続して撃たれ、死体が多く横たわっている。
死を覚悟し敵陣に撃ってでる。
髪は怒りのため堅くなっている。

四方の敵に攻撃をかける。
相手の一部に打撃を与えた。

しかし戦況は味方が不利の状態となる。
しかたなく退却する。
身体は傷つき、口には薬を含んでいる。

前後には敵がいる。
白虎隊の隊長はどこかにいるかわからない。

白虎隊の戦士は、剣を杖代わりとし、洞窟伝いに飯盛山に辿り着く。
そこで白虎隊の戦士は驚く。

飯盛山から南のほうの鶴ケ城をみれば、お城には煙が上がっている。
止めどもなく、涙があふれ、どのようにしてよいかわからなくなった。
疲れ果てた白虎隊の戦士は「お城と共に滅びるべき」と考えた。
19名の白虎隊の戦士は、腹を切って死んだ。
死んだ戦士は、17才の少年だった。
私たちは、この史実を絵にして、あるいは文章にして後の世まで伝えなければいけない。
白虎隊の戦士は、主君に仕えた忠義の戦士であった。
これは、圧倒的に不利な状況下で編成された白虎隊のはなしである。
(口語訳;hp制作者)