私の展示会印象記
500人の心に届いたもの。
終戦のおり、
私の父母は現地で生まれた当時1歳の姉を連れて
台湾から引き上げてきた。
台湾の道端に座り、
着物や家財道具などを売り、
売れなかったものはそっくり残したまま、
それまで住んでいた家を後にしたのだという。
「家を出るとき、
部屋の片隅に転がっていたねんねこ半天が目に止まり、
何気なく持って出たのだけれど、
その半天があの子の命を救ったの」と、
母は何度となく、
私を含めその後生まれた子供たちに話して聞かせた。
たくさんの人が乗り込んだ、
帰りの船の環境は苛酷で、
病弱だった姉は体調を崩し、
半天に包まれてなんとか一命を取り留めたということだった。
部屋の隅に転がる半天のイメージは、
戦争を経験しなかった私の、
母から手渡された「戦争の絵」だ。
平成14年10月8日〜12日に
茨城県総合福祉会館で開かれた
「空襲体験の絵」展示会には、
5日間で500人が訪れた。
絵は迫力があり、
添えられた文章の内容は悲惨だった。
体験したことを、
淡々と描き、書いているのに、
見る側の衝撃は大きかった。
57年前の現実が、
今とあまりにもかけ離れていることに
改めて気づかされた。
きな臭いとはいえ、今はまだ平和だ。
平和でいることは幸せだと、
展示された28枚の絵、1枚1枚の前で考え続けた。
「昔を思い出すのが目的ではない。
こんな事実があったことを、
若い人に知ってもらいたい。
知った上でこれからのことを考えてほしい」と、
今展を主催した「空襲体験を描く会」
代表の松永朔郎さんは話している。
それぞれの人の心に何かが手渡され、
手渡されたものは、どんな形であれ、
それぞれの人の、心の中で芽を吹くに違いない。
文・写真 花島実枝子